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私が物心がついた頃から自覚する悪い癖の一つをあげるならば、
それは物事が自分の思い通りにならないと、ヘソを曲げてしまうことでしょうか。
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決して泣きもわめきもしないんですが、その分それが知らずしらず鬱積して
隠れストレスになっているのかもしれません。
初めてこの過呼吸発作を経験したのは、37歳くらいの頃だったと思います。
急に息が苦しくなって呼吸困難のような症状で、これで死ぬのではないかと
言う、今までに経験したこともないようなその恐怖感に襲われました。
その当時の夫が運転して、当時住んでいた立川市内の救急病院へ、 その時の
夜間当番医が私を診てから、「自分の性格はどんなですか〓?」 な〓んて
苦しんでいる私に、唐突に言い出すので、(自分の性格なんて...何それ〓...)
言葉を詰まらせているとですね、何と、「分からないってことですね。」
な〓んてさらっと、その担当医が言い放すではありませんか!
それから、初めて聞く「過換気症候群」と診断されて、おまけに その担当医に、
「若い人に多いんですが、あなたの年齢では珍しいですね」言われて、
なんてステレオタイプな失礼な医者だと思ったことをよく覚えています。
当時はパソコンもなく情報が得られないので、納得するために幾つか病院を
変えて診察してもらうと、やはり「過換気症候群」でした。
それから、フィットネスに通って運動やヨガを始めるまで、数回の大きな発作と
安定剤に頼る生活が続きました。
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今では、一切安定剤を飲まなくなりましたが、その残った安定剤をお守り
がわりに保存しています。それほどの恐怖感を伴う過換気症候群の症状です。
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そして、相棒と結婚した9年前、日本に住んでいる時に、ある夜ひっさしぶりに
過換気症候群の症状で相棒に運転してもらって救急病院へ一度だけ行きました。
今回、過換気症候群の症状に見舞われたのはその時以来のことでした。
今回のはこれだけが要因ではなかったと思いますが、小さな小さな何かが蓄積した
結果だったと思います。
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いつもと変わらず、仕事へ入った日、何とお皿を洗う肝心なマシンが故障して
使えなくなっていました。 修理人が来てみていたのですが、部品の取り寄せが
出来ず今夜は直せないと言うことでした。
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なのでその日は、ハード部門のシンクの方を共有して手洗いで洗うしかありません
ので、これはかなり気合いを入れて取り掛からなければ営業継続に支障をきたし
てはいけないと思った私は、二人の皿洗いがやって来てハードの方についた時に、
今日はマシンが使えないので協力しあってやろうね〓と強調して、次々に運ばれ
る汚れたお皿を何回にも分けて手運びしたりと段取っていました。
するとですね、私の次に古株になった一人の高校生なんですが、この緊急事態にも
関わらず、まるで他人事のような彼のマイペースなスローさとおしゃべりの多さ、
もう一人はあの無口なジェイソンだったんですが、
大学生になったばかりで彼とも年齢も近く、その彼に影響されてか同じペースに
なってしまっていました。このお皿を洗いたいんだけど、今出来る?と聞くと
ですね、う〓ん、今じゃなくあとでと言うので、さらに運ばれて置かれたお皿を
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