エンドレスな不完全さでも清く優しく潔く
2016-03-18


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3月の半ば頃に辞表を出すといっていた相棒が予定通りに辞表を出しました。

これで、本戦へ向けた最初の一歩を踏み出したことになります。


再び、転機のときを向かえて、しみじみと色んなことを感じたり考えたり、

冷静になって自分の思考を客観視したりするのですが、まずは現実的に

本物のシンプルライフ目指して!しかし、断捨離だぁミニマリストだぁ〓って、

私も安住の地でそのように宣言したいところですが、安住にはほどほど遠く

移動生活の連続では、もうこれ以上物を増やすわけにいかないのが現状です。

物への執着心はかなり捨ててはいますが、まだまだ捨てられる物はあるはずです。

何れにしても身軽さを心がけていくのが、無難な策だと思っています。


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もしももしも今後、

どん底に突き落とされるような現実が待っていたなら、清く優しく潔く

なんて当然そんな呑気なたわごと言ってられない状況でありますが〓、

でもねでもねですね、

能天気な私は呑気にギリギリまで言い続けていくのではないかと思います。


まだどこか余裕かましている間はこうしてブログにもしていけるのでしょうが、

いよいよな事態になってしまったら、ほぼ私的丸出しブロカーの私もさすがに

殻にこもってしまうのやら、実際その時の心境はその時にならないと分かり

ませんが、殻にこもって主観的にハマらないように、前向きに冷静な姿勢を

保たせるためにも出来る限りは、ブログも書き続けていくつもりです。


先に述べましたが、今日の15日付で退職届メールをすると告げられた時に、

そのことは1ヶ月も前に聞いてはいたものの、あ〓これでいよいよ決定的に

なるんだと正直、往生際が悪いような沈痛な面持ちになってしまった私でした。


まずはメールでお偉方3名に通知、その内容を私に転送してくれました。

日本の「一身上の都合により」ではなく、本来の数学教師としての分野に

変える意思表明に、3年間勤めたお礼の挨拶の結びでの円満退社の運びです。

夕方の4時半頃に出したメールに、返答が待っていましたと言わんばかりに

結構 早く返信されてきて、次の日に辞表届を正式に提出したのでした。


肝心の小学校の校長からは何のリアクションもなかったそうですが、中学の校長

先生はとても感じよく推薦状を改めて書き加えると言ってくれたそうです。

今年度になって打って変わった小学校の校長の対応に惑わされていた相棒した。

今年がちょうど勤務3年目の相棒ですので、それが初めっからタイムリミット

だったんだと思います。校長に好かれない限り教育予算の削減とやらで

4年未満の教師は切られていくのがここでは常識らしく今では納得済みです。


この学校で奇跡的に採用されて、3年間も勤められたことに感謝すべきだと

今は思っています。もし、この学校で採用されていなければ、私たちは相棒の

ママともこうして親密な充実した3年間を過ごすことが出来なかったのですから、

それを考えればこの3年間は私たちにとっては有意義な時だったと思います。

もちろん、このままママの側でいつまでも暮らすのが理想的なことなのですが、

きっとこの先の流れには、新たな私たちにとってはまだまだ改善の余地がある

何かが待っているという風に前向きに捉えることにしました。

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例え、貧乏でも、”清く優しく潔く”をモットーに!

限られた収入の中での生活で最低限必要な衣食住の確保をするのがやっとこの

私たちの現状生活であります。『貧乏とは』あくまでも主観的なもので、

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��[American Life]

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